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知命がせまる今日この頃

更新日:2016年12月10日

公開日:4月1日 
雑記 4月1日 知命

来月には自身に「知命」がせまります。
身の振り方を考えなければなりません。


来月の頭には私もいよいよ持って節目の年?歳?を迎えることになりそうです。

昔の偉人たちは素晴らしい言葉を残していきますね。

「知命」というの言葉をみなさんはご存知でしょうか?

熟語にしてしまうとわかりにくいですが、「五十にして天命を知る」と書くとピンと来る人もいるのではないでしょうか?

皆さんもおそらく小学校、少なくとも中学校で「論語」というものを教わったことだと思います。

そうです、あの孔子の有名な言葉をまとめた書物のことです。

論語 為政第二

吾十有五にして学に志す

三十にして立つ

四十にして惑わず

五十にして天命を知る

六十にして耳順う

七十にして心の欲する所に従えども、矩(のり)を踰(こ)えず

これは孔子が自身の一生を思い返して、人間というものがどう形成されていくかを述べたものだそうです。

「五十にして天命を知る」つまり「知命」とは、天命を知ること。

砕いて言うと、自分が一生のうちに何をすべきなのかを悟るということ。

孔子いわく、人は五十歳で自らの使命を悟ることができるというのですが、その「知命」を目前に控えた今の私にはとても重い言葉となっています。

思えば、田舎の地元を離れ夢あふれる気持ちで独り立ちしてからは、自らの轍を振り返りもせず、多くのものを切り捨ててきたような気がします。

それでもやはり、ここまでやってこれたのは私を陰ながら支えてくれた多くの人がいたのだということは自覚しています。

そしてそういった支えもあって今ここに私がいるという事実は、一人の人間として誇らしい気持ちになりますね。

しかし、ここ最近はやはり衰えというか、パワー不足というものを感じるようにはなってきています。

ブログを始めてからオフ会などに顔を出す機会もありましたが、そういった場で若い人たちと言葉を交わすとどうしてもついていけないと思う場面がちょくちょくあります。

スロットの稼働にしても、昔はなんともなかった長時間稼働もここ最近はとても乗り気にはなれません。

一方で新しい希望、というよりも個人的な願望もできました。

自分がそうであったように若いうちはパワーやヤル気をはじめとする「若さ」という特権、バイタリティで苦境を乗り切ることは多いです。

けれど、私は運よく大丈夫でしたが、中にはそういった精神論だけでは乗り切れない事態というのは起こりうるものです。

そこで私にできることは、そういった苦境にいる若者を自らがこれまで培ってきた経験という武器で助けてあげられないかということ。

ありがたいことに今の私はこのブログを通じて若い人とつながることができます。

この行為が孔子の言う「知命」にあたるのかはわかりません。

それでも、今後は若い人たちに道しるべを示すことのできる存在になれたらなという思いは強くなっています。

そういわけで若いパワーはありませんが、これからもこのブログをぼちぼち更新していこうと思う次第です。

それでは。

 

 

 

 
ところで、今日から新年度ですね。

ではではノシ

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